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東京高等裁判所 平成6年(う)1049号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人牛山秀樹作成の控訴趣意書及び同補充書に、これに対する答弁は検察官鈴木芳夫作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意のうち、不法就労助長罪の成立に関する法令適用の誤りないし事実誤認の主張について

所論は、要するに、本件においては、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)七三条の二第一項一号の不法就労助長罪が成立するために必要な、「事業活動に関し」「不法就労活動を」「させた」という各要件が欠けているのに、原判決は、被告人に対し、原判示の事実のとおり、同罪の成立を認めているが、これは、法令の適用の誤りないし事実の誤認であり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、原判決挙示の各証拠によれば、原判示の事実は優に認定することができ、原判決が(出入国管理及び難民認定法違反の事実につき有罪と認めた理由)で認定、説示するところは正当であると認められるから、原判決に所論のような法令の適用の誤りないし事実の誤認があるとは認められない。以下、所論にかんがみ説明を付加する。

一  所論は、原判決は、「スナックG」(以下「本件スナック」という。)の経営者がタイ人女性らに報酬を払っていて同女らとの間に雇用契約があると判断しているのかそうでないのかはっきりしないが、前者であるとすれば、本件スナックからタイ人女性らに報酬は全く払われていないのであって、両者の間に雇用関係はないのであるから、事実を誤認しているというべきであるし、また、後者であるとすれば、入管法七三条の二第一項の不法就労助長罪の立法趣旨・処罰根拠が、不法就労外国人を日本に来させる吸引力又は推進力となっている雇用主等の不法な存在を処罰することで、不法就労外国人が日本に来ても収入を得る手掛かりがなく、日本に来るメリットがなくなるようにすることにあることからすれば、同項一号に関していうと、「不法就労活動」とは、不法残留者等が同号の主体である者から報酬その他の収入を得る行為をいうと解すべきであり、そうだとすると、本件では、タイ人女性らは売春相手から売春代として売春の対価である報酬もしくは収入を得ているにすぎないのであって、被告人もしくは本件スナックの経営者から得ているのではないのであるから、被告人もしくは本件スナックの経営者との関係では、タイ人女性らの行為は「不法就労活動」に該当しないといわなければならず、原判決は入管法七三条の二第一項一号及び同条四項後段の解釈適用を誤っている、と主張する。

しかし、入管法七三条の二第一項の不法就労助長罪の立法趣旨及びその処罰根拠は所論のとおりであるとしても、同項一号は、単に、「事業活動に関し、外国人に不法就労活動をさせた者」と規定しているにすぎず、また、同条四項は、同条一項における「不法就労活動」とは、「(不法残留者等が)行う活動であって報酬その他の収入を伴うものをいう」と規定しているにすぎないことからすれば、所論のように、同項一号にいう「不法就労活動」とは、不法残留者等が同号の主体である者から報酬その他の収入を得る行為をいう、と限定して解釈しなければならないものとは考えられない。すなわち、一般的には、不法就労活動をさせた者が、当該不法就労活動をした外国人に対する報酬等の支払者であることが多いと思われるが、不法就労活動をさせることと当該不法就労活動に対する報酬等の支払いとを直接結び付けなければならないとは、文理解釈からいっても無理であるし、不法就労助長罪の立法趣旨及びその処罰根拠から考えても狭すぎるというべきである(不法就労外国人を日本に来させる吸引力又は推進力となる者は、所論がいうように、不法就労活動をした外国人に対する報酬等の支払者だけに尽きないことは明らかである。)。したがって、所論のような考えは到底採用することができない。

所論は、本件スナックの経営者がタイ人女性らとの間で報酬を払うような雇用契約があるのか否かを重要視しているが、これは、右のように不法就労助長罪の誤った理解を前提とするものであり、すでに失当であるといわざるを得ない。関係証拠によれば、ミミことI、アキことJ、エミことN、リナことK、ナミことPの五名(以下、同女らをまとめて、「ミミら五名」という。)は、本件スナックで飲食に来た客を接待する一方、客との間で売春の合意ができれば、店外で売春をし、これで得た売春代については、一回につき一万円を店側に入れ、その余は全額売春した同女らの収入になっていたこと、ミミら五名は、いずれも不法残留の外国人であったことが認められ、ミミら五名が不法就労活動をしていたことは、同女らが本件スナックとの間に雇用関係があったか否かを問うまでもなく、明らかであるというべきである。

したがって、所論は採用することができない。

二  所論は、本件スナックの事業目的は飲食業であり、売春をさせて売春で利益を得るという目的はなく、また、タイ人女性らの売春は同女らの自由な意思判断で勝手に行われていたものであって、本件スナックとしてこれを集客の売り物にしていたわけではなく、飲食業経営の面からは何ら必要でなかったのであるから、ミミら五名の売春行為は「事業活動に関し」に該当しない、と主張する。

しかし、関係証拠によれば、本件スナックでは、タイ人女性らが、飲食に来た客を接待する一方、客との間で売春の合意ができれば、店外で売春をするということが頻繁に行われていたところ、そのシステムは、店はタイ人女性らの店内での接客等の仕事に対しては同女らに給料を支払わない代わりに、客との売春で得た金員は、一回につき一万円を店側に入れるが、その余は全額売春した同女らの収入になる、ホステスは直接客と交渉して売春の合意を取り付けることが多いが、店が売春を期待して来店する客とホステスとの間に入って引き合わせるようなこともある、店としては、右一万円を別とすれば客の飲食代金のみが収入ということになるが、右のように売春の機会を作出することにより、ホステスらの収入を高めさせて同女らを店に引き止めるとともに、客を増やして店の収入の増加を図るというものであったこと、本件スナックで働くタイ人女性らは、必ずしも出退勤を厳しく規制されていたわけではなく、割合自由にしていたが、出勤する者は全員被告人の運転する送迎バスに乗って出勤しており、また、売春の合意ができて客と店外に出るときは、店に断って出て行き、店に無断で売春を行うと一〇万円の罰金を徴収されることになっていたこと、タイ人女性らが同店で働くについては、マスターの承認が必要であったことなどの事実が認められ、これらの事実に照らせば、本件スナックが、正規の営業目的いかんにかかわらず、その実態は、タイ人女性らがホステス兼売春婦として働くいわゆる売春スナックであることは明らかであるというべきであり、所論のように、タイ人女性らの売春は同女らの自由な意思判断で勝手に行われていて本件スナックの営業とは無関係である、などとは到底言えないことは明らかである。ミミら五名の不法就労活動が本件スナックの「事業活動に関し」行われていることは優に認定することができるというべきである。

したがって、所論は採用することができない。

三  所論は、入管法七三条の二第一項一号の外国人に不法就労活動を「させた」との構成要件に該当するためには、当該外国人との間で雇用関係と同等以上の対人関係上の優位性が必要であるし、また、不法就労活動を行う方向での積極的な働きかけが必要であると解するのが相当であるところ、本件スナックでは、タイ人女性らは店に出てくるか否かは自由であって、店内においてさえ同女らに対し優位性は認められないし、店外では全く優位性は認められないこと、被告人は、タイ人女性らが接客行為をしたり売春を勧誘して売春のため客と店外に出たりすることを放置ないし黙認していたにすぎず、何ら積極的な働きかけはしていないこと、被告人とタイ人女性らとは対等な立場で互いに利用しあっていただけであることが認められるのであって、被告人には右構成要件に該当する具体的な実行行為は認められない、と主張する。

しかしながら、入管法七三条の二第一項一号が規定する「外国人に不法就労活動をさせた」とするためには、当該外国人との間で対人関係上優位な立場にあることを利用して、その外国人に対し不法就労活動を行うべく指示等の働きかけをすることが必要であると解されるところ、これを本件スナックの被告人についてみてみると、関係証拠によれば、被告人は、平成二年九月ころから本件スナックで店長として働くようになり、そのうち前記システムを了知するところとなり、平成五年五月中旬には、それまでマスターとして経営に当たっていたTに代わり、マスター兼店長として店を任され、一人で店を切り盛りしていたこと、被告人がマスター兼店長になってからも、基本的には前記システムに変わりはなく、ただ、なるべく売春とのかかわりを薄くしようとの思いから、客からの売春代を直接自分が受け取ることは少なくしたり、タイ人女性らが店側に入れていた一回の売春代のうちの一万円は、店の会計とは別にしたりしていたこと、被告人はタイ人女性らに対しあらたまった注意指導はしておらず、気付いた際に個別的に接客のマナーや売春に当たっての心構え等を話す程度であったが、それは、同女らが前から働いている者から説明を受けていたからにすぎないことなどが認められる。これらの事実に照らすと、被告人は、本件スナックにおけるマスター兼店長として、ミミら五名を含む同店のホステスであるタイ人女性らとの間で対人関係上優位な立場にあって、同女らにホステス兼売春婦として働くよう促し、同女らもそれに従ってホステス兼売春婦として稼働していたことは明らかであり、したがって、被告人が、本件スナックにおいて、ミミら五名に不法就労活動をさせたとする原判示の事実は十分認められるというべきである。

所論は、被告人とミミら五名のタイ人女性とは対等な立場で互いに利用しあっていただけであって、そこには対人関係上の優位性もなければ、積極的な働きかけもないと、るる主張しているが、なるほど、個別具体的な場面を取り出して見れば、ミミら五名に関し、被告人による客付けや売春代の管理等が行われていたわけではなく、ミミら五名が店の客を誘って売春を行うことをただ黙認していたにすぎないかのようであるが、ミミら五名との関係は、前記のような本件スナックのシステム、すなわち、ホステスらに給料を支払わない代わりに、客との売春によって得る売春料金は一万円を除き全額同女らの収入とするというシステムの中で考えるべきことであり、そこでは、マスター兼店長である被告人が同女らとの間で対人関係上優位な立場にあることも同女らに対する接客及び売春についての働きかけがあることも優に認められるというべきである。

したがって、この点についても所論は採用することができない。

以上の次第で、論旨は理由がない。

控訴趣意のうち、不法就労助長罪の罪数に関する法令適用の誤りの主張について

所論は、要するに、入管法七三条の二第一項一号の罪の保護法益は、外国人個人の法益ではなく、外国人の適正なる在留管理という入国管理行政の適切かつ妥当な執行であることからすれば、同罪の罪数については、外国人単位ではなく不法就労の事業所単位でみていくべきであり、本件では、包括一罪が正当であるのに、併合罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

不法就労助長罪の保護法益が外国人の適正なる在留管理という入国管理行政の適切かつ妥当な執行であることは所論のとおりであるが、ここでいう外国人の適正なる在留管理とは、抽象的なものをいうのではなく、個々の外国人それぞれについていうものであることはいうまでもないところであり、したがって、不法就労外国人ごとに同罪が成立することはもちろんであり、その罪数関係は、条文上、格別業態犯であるとみなければならない文言はないことをもかんがみると、併合罪であると解するのが相当であって、これと同判断の原判決には、所論のような法令適用の誤りがあるとは認められない。所論は採用することができない。

論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田良雄 裁判官 長島孝太郎 裁判官 毛利晴光)

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